呼んでもないのに居る奴ら
先日の貝沼航さんの書き込みを読む直前に、偶然にも、同じテーマについて対照的なことを考えていました。
僕にとっての「いいもの」も、もちろん「心のこもったもの」なんですが、ずっと手元にあるモノの中には、なぜか「どうってことないモノ」も多いことに気づきました。
僕の生活が漫然としているせいかもしれないけど…どこで買ったかもおぼえてない安物や、たらい回しの末の引出物、パン祭りの皿、拾い物、母が勝手に送りつけてきた手芸品、いやげもの、などなど…。
僕が選んだわけじゃないのに「成り行き上、居すわり続けている」腐れ縁のような、居候のような、決して好きではないけれど、なぜか嫌いになれない。
「自分が選んだ」という価値と同じくらい「モノに選ばれた」という受け身の価値に、巡り合わせ的な魅力を感じるのです。妻もそんな感じです。
そんなわけで、どこで買ったか貰ったものかもわからない、形も不細工で作りも雑な、10年来使ってるお椀を塗り直し中……。
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