2012年1月15日 (日)

2012 京都美術・工芸ビエンナーレ

京都府美術工芸新鋭展「京都美術・工芸ビエンナーレ」が
文化博物館にて19日(木)まで開催されています。

この展覧会は、現在新進気鋭作家の「招待部門」と、
明日の気鋭作家を目指す若手の「公募部門」で構成されています。

今年からは、工芸だけでなく洋画などの「美術展」もあります。

以下、注目した作品(写真不可でしたー)

■美術
公募部門
 山本雄教「どこへ行く ~竹林図的図~」
  図案化された竹の、林立する構成が良かった。
  紙のシワの疎密を利用して葉の生い茂りを表現しているので
  竹の一本一本が隠れず、直線的なデザインが活きている。

 川上幸子「moment」
  重なったガラスの中にポリゴンの層が封じ込められている。
  ポリゴン分割の違いが不思議な奥行き感を出していて、
  視点が動くたびに表情を変える。

■工芸
公募部門
 陶芸
  惣田司「透影」
   薄く有機的な陶磁器の「皮」が絡み合い、
   複雑な陰影を描き出している。
   不定形だけでなく、幾何形状での構成も見てみたい。

 染織
  塚原眞樹子「連」
   絞り染めを、大きさと色をグラデーションのように
   変化させて、モダンな模様を構成している。
   近づいて見ないと絞りだと判らなかったが、大胆な
   デザイン性が魅力的だった。

 漆芸
  宮木康「雫音」
   蝶々を象ったフォルム。散りばめられた貝が鱗粉のように
   しっとり輝いていた。宮木君の作品には、独特の
   「妖しい色気」が漂っていることが多い。

 ガラス
  北村孝典「はじまりの瞬間」
  古谷智子「洸」
   この2作品は、共に「水の動きの一瞬を切り取った」
   デザインだが、モチーフとした水の表情といい表現手法
   といい、好対照だった。見比べるのも一興だと思う。
  
招待部門
 漆芸
  杉本晃則「風天」
   蓄えていた力が、うねりながら解放されるような
   ダイナミックな作品。風のエネルギーを可視化
   したように見えた。
   杉本さんご本人はとてももの静かな方ですが、
   その中に渦巻く烈しさを垣間見た気がします。

「美術分野」は、公募部門に比べ招待部門は安定感がありました。
「工芸分野」は、公募部門が力をつけていて、招待部門との差が
縮まっているように見えました。

こういった展覧会は、ただ眺めるのもいいですが
審査員の一人になりきって「オレ賞の選定」と思って見ると
充実します。

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2012年1月 2日 (月)

帰省中です

12月29~1月6日まで、故郷の函館に帰省中です。

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2011年12月28日 (水)

柳宗理先生 逝く

プロダクトデザイナーの草分けである、柳宗理先生が逝去されました。

私はもう十数年前に、金沢美大で先生の特別講義を受けることができた
幸運な一人でした。
その講義で先生がおっしゃった中で、今でも強く印象に残っている言葉があります。

「まず図面を書こう、と思うな。
図面なんてモノが出来てから書けばいい」

・・・え?ナニいってるのこのおじいちゃん?と思いました。
モノってのは、図面があってはじめて作れるものでしょ?と。

当時の金沢美大のインダストリアルデザイン専攻は、職業訓練校のように
金工・木工・設計製図と「技能を身につける」ことに特化されていました。
そして私は周りよりちょっとだけ製図が得意だったのもあって、
図面を特に重要なものだと思っていたのです。

社会に出て、企業のデザイン部に勤めても「まず図面がなけりゃはじまらない」
という開発体制だったし、柳先生のおっしゃる意味は永く理解できないでいました。
「それって、帳尻合わせの言い訳じゃないの?」とも思っていました。

しかし、伝統産業に携わるようになって、その意味がやっと解りました。
図面とは帳尻合わせなんだ、本来そうあるべきだとさえ思えます。

モノを見て「手で考えたモノか、図面で考えたモノか」は
なんとなくわかります。手で考えたモノには、独特の魅力を感じます。

深澤直人先生が、柳先生のデザインを
「良い意味でダサイ」と最高の賞賛を贈っていました。
これが、手で考えることで滲み出る正直さなのでしょう。

蛇足&受け売りですが・・・
生前、柳先生がご自身の個展にフラリと来て製品を手に取り
「いいねぇコレ。・・・だれがデザインしたの?」
真顔でおっしゃったそうです。

いや「おじいちゃん大丈夫?」ってことじゃなくて、
デザインした自分自身でさえ消えてしまうほどのアノニマス性
究極の彼岸を見たと、居合わせた深澤先生は感銘を受けられたそうです。

弓の名人が、その道を極めた末に弓のことすら忘れてしまったという
中島敦の「名人伝」を彷彿させます。

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2011年12月16日 (金)

相手によって名刺を使い分ける阿呆

小山薫堂さんという著名な方が、自身が教鞭を執っている大学の生徒ひとりひとりに
「ここぞというときに使え」と100枚ずつ名刺を作ってあげたそうだ。

きっとそれは、
「名刺というのは、自分という人間を記憶に留めてもらう大切なものだから、
ただ単にバラ蒔くんじゃないぞ、大事にするんだぞ

という社会人の先輩からの教えだと思う。
これは良いことだと思う。

だがそれを紹介したfacebookでは、フォロワーが
「素晴らしい!私も大切な人に渡すために名刺を二種類作ろう!」
などと、たわけたことを平然と抜かしていて愕然とした。

大切な人用の名刺があるということは、「大切じゃない人用の名刺」がある
ということ。

もし自分が、相手から「大切じゃない人用の名刺」をもらったらどう感じるか?
こんな単純な想像力すら無い阿呆がビジネスのなんたるかなどを語っている。
正気の沙汰とは思えない。

自分が渡す名刺で「大切orその他」を区別するというのは、
自分本位の価値観で相手にレッテルを貼っているだけです。

単なる顔見知りが、ひょんなことから発展する関係は、あります。
そんな可能性を自ら閉ざしているわけです。

厳しい時代だからこそ、他人を「利用価値」でしか見ない恥知らずは
早晩淘汰されるでしょう。

※私の身近に、二種類名刺を作っている人同僚がいます。
その名刺は「博士」の肩書きが入っているか否か、という違いです。
理由を聞くと、
「依頼試験の結果に、肩書きとしての信頼を望む人には「博士つき」を、
博士という肩書きがあることで萎縮してしまうお客様には「博士なし」を」
この使い分けには、渡す相手への「思いやり」を感じます。

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2011年11月27日 (日)

泉涌寺 もみじまつり

本日午後4時まで、泉涌寺近辺の京焼・清水焼の
窯元の多い地区「京都青窯会」で、もみじまつり
(陶磁器まつり)が開催されています。

お祭りについては京都青窯会のサイトまたは
伊藤南山先生のブログをご参照ください。

窯元直営で陶磁器がお求めやすいこのお祭り、
実は私の目当ては「うどん」でした。

今年は京都の名店・くずし割烹枝魯枝魯さんが
肉うどんを出店されています。
しかも今日はシェフの枝國さんが作ってくれるのです。

あの枝國さんが、うどんで、しかも400円!
こんなチャンス、そうそうないです。

自転車で50分かけて行った甲斐がありました。

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ウヒョー

鯛の、上品で滋味あふれるお出汁を含みながら、
ほろほろと甘く炊いたお肉を奥歯で噛みしめると
じゅわっと旨味&油が広がって「あ゛ー!」
と言ってしまう美味さ。
気づいたら飲み干していました。

また、近隣の小学生が絵付けした「ユニバーサルうどん鉢」も
是非見てみてください。
高台が少し高めなので、鉢を持ち上げずに食べても
犬食いにならず、上品に食べられます。
鉢を持って食べるときも、軽量で、指が掛かりやすいデザインです。

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食べやすいですよ

あと数時間!まだ残ってるか?売り切れか!?

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2011年11月25日 (金)

続・工芸をたのしむセンサー(再改訂版)

”工芸品をオーダーメイドする”ということは、煎じ詰めると
「凄腕の工人の人生のいっときを、占有する悦び」
ということなんだろうな、と思います。

昔の貴族や豪商は、そこに優越感を持っていたのでしょう。
これこそが「粋(イキ)」というものかと思います。

ほら、飲み会3軒目あたりでなだれこんだバーで
酔いにまかせて財布の中身も確認せずに
「おぅ、オレに似合うカクテルをひとつ、見つくろってくれぃ!」
てな経験のある人も多いでしょう?あの楽しさです。

工芸は、生活の必然性か生活の余裕か、この2つに大別されるでしょう。

津軽のこぎん刺しのような、庶民のささやかな思いも「工芸」。
「金は天下の廻り物」と、談志のようにイキに遊ぶ艶っぽさも「工芸」。

どちらにせよ、野暮にはなりたくないものです。

現代は「機能美」という言葉が都合良く曲解されて、あそびが
無くなっているように思えます。

「物の背景に潜む面白さ」を感じ取るセンサー。
ほんとうは誰にでも備わっている、と信じたいです。

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工芸品をたのしむセンサー

私の仕事のひとつに「工芸ユーザーの裾野を広げる」というテーマがあります。
新たに一人でも多くの人に工芸の魅力を知ってもらう。

しかし現実にはなかなか難しいことです。

言い尽くされたフレーズですが、やはり「均質&大量生産=良いモノ」
という価値観に囲まれて育つと、工芸品の魅力を解るのは
不可能なんじゃないか、と弱気になってしまいます。

そういう私も典型的な団地育ちの団塊Jr.なので偉そうに言えませんが
「工芸を仕事にする」と腹を括ってから、魅力に気づくようになりました。
(いわば私は「養殖モノ」です。だから日々必死です)

工芸職人に求められる能力のひとつは「同じ物を早くたくさん作れること」
なので、それは「均質&大量生産のことだろ」と矛盾を感じるかもしれませんが、
名人の作るこけしの顔でもひとつとして同じ表情が無いのと同じで、
上手・下手の次元のさらに先にある「なにか」を感じるセンサーを備えているか
ということだと思います。

もちろん、センサーが付いてなくても生活に支障はありません。
他人が取り付けようとすることも難しいのでしょう。
センサーの付いてない人は、付けたいとも思わないからです。

北大路魯山人の言葉を引用します。
「分かる奴には一言いえばわかる。 分からぬ奴にはどう言ったって分からぬ。」

さて、どうしましょうかね。

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2011年11月16日 (水)

彩輝光(京都オパール技法)の撮影

京都デザイン賞をいただいた碁盤「洛式」の撮影に立ち会いました。

この碁盤は大町先生の「彩輝光」という技法で加飾が施されています。

「彩輝光」とは・・・
漆工芸作家「大町憲治」が創始考案した漆工芸新技法。
伝統的漆工芸技法の一種である「螺鈿:らでん」を応用して制作される。
この螺鈿の技法をヒントに京都オパールを用い、細かく細分化された
京都オパールをモザイクのように意図したデザインで付着させ、
上塗りした漆を研ぎ出す事でオパール独特の遊色効果を漆工芸作品の
表現に活かした手法。
京都に代々受け継がれて来た伝統的な工芸技術と新しい技術による
新素材が高度な美意識の中で生まれた新工芸です。(HPより)

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オパールは光の当たる角度で様々に色を変えるので、
(そして我々がいろいろと注文を出すので)
カメラマンさんが苦労されてました^^;

伊藤南山先生作の碁笥も、オパールに加えて
金銀の光り方と龍の角度が難しかった・・・

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2011年11月15日 (火)

仕事との距離感

先日「京都デザイン賞」の授賞式に
僭越ながら入選者の一人として出席しました。
きっずファイブ政光様伊藤南山先生大町憲治先生のおかげです。
これからも、この若僧をよろしくお願いします。

式後のパーティーでは、大賞を受賞された「七條鮒定」様の
「今日のおうなりさんとうなおこわの詰め合わせ」も振る舞われました。
料理もデザイン賞の対象たりうる、京都デザイン賞の懐の深さを感じます。

今年の京都デザイン賞は建築の部門に応募が多く、倍率が高かったそうです。
学生の入選も多く、一方で大御所・高松伸先生の事務所の作品も入選していたり、
今後のこの賞の「位置」を占う群雄割拠の面白さがありました。

パーティーでは、七條鮒定の大旦那のスピーチでの
「おこわは、どこまでいってもおこわでしかないのです。」
この一言が印象的でした。

この言葉には謙遜だけでなく、仕事との良い距離感も感じ取れました。

私たちは、つい
「自分が人生の大半を捧げているこの仕事は、尊いものであってほしい」と
願うあまりに、実体以上に崇めることでモチベーションにしたり、逆に
やさぐれて「所詮こんなものは・・・」と貶めたりします。

大旦那の言葉からは、自分の仕事を聖なるモノと祀らず、かといって卑下もせず
正面から向き合ってきた「達観」という真摯な姿勢を感じました。

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2011年11月10日 (木)

京都デザイン賞2011 入選作品展示会 京都府庁旧本館二階

13日(日)まで開催中です。入場無料。

期間のほとんどが平日ですが、お時間ありましたら是非どうぞ。
作品を見ながら、「京都らしさ」ってなんだろう?と思いを巡らせるのも
良いかもしれません。

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ザ・鎮座

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すごいツヤのため、映り込みがはげしいですわ

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